Harvest Guitarsの白井です。前回の投稿に続き、ヴィンテージ・スティール・ギターを紹介いたします。今回ご紹介するのは、世界初のエレキ・ギターとしても知られるリッケンバッカーのフライ・パンです。それではまず、本題に入る前にスティール・ギターの歴史を紐解いていきましょう。

アメリカにおけるギターの進化、発展を語るとき、ハワイアン・ミュージックを抜きにはできません。ウクレレと共にハワイアンを象徴する楽器、スティール・ギター(ハワイアン・ギター)ですが、元々専用の楽器が用意されていたわけではなく、当初は当時の普通のアコースティック・ギターを寝かせて、トーン・バーを使用して弾いていただけでした。しかしながら、楽器用のピックアップはおろかPAもない時代には、大勢のオーディエンスにその音を届かせることができませんでした。ハワイから太平洋を隔てたアメリカのカリフォルニアでは、スティール・ギターに将来性を見込んだメーカーが音量の問題を解決すべく創意工夫を凝らしていきました。
まずハープ・ギターの製作でも知られるクニュートセンが1910年代にホロー・ネックのスティール・ギターを開始し、ワイゼンボーン、ヒロが追従します。ネックを空洞とすることで音量の増加を狙ったのですが、劇的に大きな効果を得ることはできませんでした。

次にスティール・ギタリストでもあったジョージ・ビーチャムと、アイデアマンの楽器製作家ジョン・ドピエラが1927年にナショナルを設立。ジョンの考案による3つのリゾネーター(アルミで出来たスピーカーのような反響板)を搭載したリゾネーター・ギター(リゾフォニック・ギター)のトライコーンを登場させます。この方式によって音量の増加に成功しました。ジョン・ドピエラは間もなくナショナルを離れ、彼の兄弟でかつてワイゼンボーンで働いていたこともあるルディ・ドピエラと1928年に新しい会社ドブロを設立し、シングル・コーンのリゾネーター・ギターを登場させます。その後ドブロはリゾネーター・ギターの代名詞となりました。すぐにナショナルもシングル・コーンのリゾネーター・ギターを生産するようになります。ナショナル、ドブロともに、寝かせて弾くハワイアン・スタイルのみならず、一般的なギターの構え方をするスパニッシュ・スタイルのリゾネーター・ギターも作られ、そちらはジャズやブルースのギタリストに好まれるようになりました。

一方ジョージ・ビーチャムの方は、ジョン・ドピエラの甥ポール・バース、そしてナショナルのギターの金属ボディの下請けをおこなっていた職人アドルフ・リッケンバッカーと新しい会社をスタートします。それが後のリッケンバッカーです。ちなみにリッケンバッカーの名前を看板にしたのは、第一次世界大戦の撃墜王として名を馳せたアドルフの従兄弟エディ・リッケンバッカーの知名度にあやかったものでした。これから紹介するフライパンは、1932年にリッケンバッカーが発売した最初のスティール・ギターとなります。
なおリッケンバッカーに設計者として在籍することになるドック・カウフマンは、後にレオ・フェンダーとフェンダーの前身でやはりスティール・ギターのメーカーであるK&Fを創業します。ワイゼンボーンからフェンダーまでのカリフォルニアの歴史的なスティール・ギター・メーカーが、どこかで人脈が繋がっているのが面白いですね。
さて、改めてフライ・パンをご紹介しましょう。リッケンバッカーにとって最初のスティール・ギターであるばかりか、この楽器こそマグネティック・ピックアップを載せた世界初のエレキ・ギターなのです。


その名の通り、円形のボディに長いネックが付いたフライパンのような形状をしています。ボディ、ネックはアルミニウムの一体成型です。金工職人、アドルフの得意とするところだったのでしょう。旧来のギターのような木材を使った共鳴胴を持たせるとフィード・バック(ハウリング)が発生することから、アルミニウムのソリッド・ボディ構造としたようです。リッケンバッカーはフライパン以外にも、鉄、ベークライトといった木材ではない素材をボディやネックに用いたスティール・ギターを作ります。
そして、この楽器に装備されたピックアップは馬蹄形のマグネットを使用しているのも特徴です。このホースシュー・ピックアップは、後年のリッケンバッカーのエレキ・ギターやベースにも採用されていきました。

膝の上に寝かせたハワイアン・スタイルのスライド奏法を前提としていますので、ネックはラウンド形状ですが指板にフレット・ワイヤーは打たれておらず、弦高は高く設定されています。押弦による演奏は不可能です。フレットに相当する部分以外の指板がえぐられており、ポジションを判断できるようになっています。

当店の個体は商品ページにも記載の通り、1934年以降の製品と思われます。使用感、経年の劣化は伺えますが、年式を考慮すれば相応と言えるでしょう。

元々ポジション・マークは指板に開けられた穴にクレイを埋めた物ですが、当個体はクレイが欠落した箇所があり、一部に白いペイントがなされています。残念ながら、はみ出ている箇所があるなど綺麗には仕上げられてはいません。お客様よりお預かりしている商品(
委託販売品)のため、手直しはしておりませんが、おそらくはみ出ている部分は擦り落とすことが出来ると思います。いずれにいたしましても、販売価格は相場より低めに設定しておりますので、十分お値打ち品と言えると思います。
歴史的なコレクターズ・アイテムであるばかりか、演奏するアイテムとしても魅力的です。金属製とは思えないスウィートなトーンをお楽しみいただけます。古いハワイアンはもちろんのこと、ロックなスライド・プレイにも十分お使いいただけます。個人的には、ポコが来日したときラスティ・ヤングがフライパンを使用していたのが印象に残っています。
商品ページはこちら。
ステイール・ギター演奏家のみならず、アメリカン・ギター、ヴィンテージ・ギター愛好家にお勧めの一本です。

白井英一郎:
1960年生まれ。吉田拓郎を聴いてギターを始め、間もなくイーグルスなどのアメリカンロックに傾倒。アコースティック&エレキ・ギターのほかルーツ系の楽器をも弾くマルチプレイヤー。現役の演奏家であり、音楽&楽器専門誌のライターの肩書きも持つ。1970年代の音楽とファッションをこよなく愛し、音楽のあるスローライフを実践するロハスピープル。入門者からベテランの方まで、お客様のライフスタイルに合った商品を提案する楽器のコンシェルジュ。2020年11月に定年を迎え、現在は嘱託社員として勤務。