Ishibashi Mail Magazine Vol.4

第4話 イングヴェイ・マルムスティーン(アルカトラス)とDOD 250

1984年1月29日 中野サンプラザホール



84年初頭は1月来日の3度目のMSG、2月にはロバート・プラントと
2度目の来日で超人気のゲイリー・ムーアとハードロックが中心の
ライブ体験となっていた。
元レインボーのグラハム・ボネットが自らのバンド「アルカトラス」
として初来日を果たす。グラハム好きの私としては待望のライブで
あった。
本来ならば、82年にグラハムがMSGに入ったとき、あの面子で日本に
来てもらいたかったがバンドは直ぐに沈没(早すぎるヨ〜)。
しかし、今度はアルカトラスなるバンドで、しかもギターリストは
無名の新人「イングヴェイ・マルムスティーン」とやららしい。
アルバムを聞いたがとにかく強烈な早弾きである。早弾きといえば
アルビン・リーと言うイメージの私には、理解できないくらいの早さで
あったと当時は記憶している
また、アルカトラス自体は70年代、私の好きなバンドであった「ニュー・
イングランド」のベース、ゲイリー・シェアとキーボードのジミー・ウォ
ルドも加入しているとの事で期待は膨らむばかりであった。

いよいよ当日コンサートの幕が上がった。レインボー時代には赤パンに
白いジャケット、レイバン・サングラスと渋い出で立ちであったが、
登場したグラハムはピンクのスーツにややサンバーストのサングラス!
まさに横山ヤスシ師匠状態であった。
しかし、声はとてもデカく、圧倒されっぱなし。アルカトラスの曲は
勿論であるが、MSGの「デザートソング」、レインボーの「シンス・ユー
ビーン・ゴーン」、「オール・ナイト・ロング」「ロスト・イン・ハリ

ウッド」等のナンバーを演ると大ウケであった。
さて、イングヴェイだが明らかにレコード(当時は)より早く、ケーブル
さばき等はリッチーを見ているようで、グラハムがバンドに入れた意味も
わかるような気がする。
サウンドは最近の音とは違い、限りなくマーシャル・サウンドであって
この当時はとても好感が持てるサウンドであった。一音一音がハッキリと
聞こえ、若さを感じさせないスケールの組み立てには脱帽であった。
そのイングヴェイが長年に渡って使用しているオーバードライブが
DOD 250 OVERDRIVE/PREAMPである。現在も市販されているが、この当時の
ものとはパーツもやや違い、音色も少々異なる。インギー自身、このエフェ
クターをプリアンプのような感じで使用している様で、GAINに関しては
あまり上げていない。また、エフェクターボードの中にグリーンボディー
の旧タイプとイエローボディーのこの当時、レギュラーモデルの2種が
セットアップされており、状況によって変えていたのだと思う。
現在ではDODよりシグネチャー・モデルも発売されており、スタイルは
進化続けているようである。

この来日時には20代そこそこであったインギーも既に40半ば。あの速さが
今でも変わらないのが恐ろしい。私自身、イングヴェイを見たのは後にも
先にも、あのアルカトラス来日の際のみである。アルカトラスはその後
直ぐにイングヴェイが抜け、スティーブ・バイが加入し来日を果たして
いる。このときも見に行ったがイングヴェイが居た時のアルカトラスの
方が数段カッコよかったのは言うまでも無い。

そしてこの日(1/29)の公演はビデオシューティングされており、後に
「メタリック・ライブ84」なるタイトルで発売されているが、私もレーザー
ディスク(懐かし〜)で持っている。しかし、当日演奏されたエディー
コクランのナンバー、「サムシング・エルス」が収録されていないのが
とても寂しい。

この公演から10数年後、私は機会あってANTHEMのバックステージでナント
グラハム・ボネットに会う事となった。ベースの柴田氏から紹介された時に
妙に緊張していたのを記憶している。また、シーンに戻ってくる事を期待
していますゼ!グラハム!

by JS




80年中期のARIA PROⅡの広告
XXシリーズを持つインギー。マイケル・シェンカーも
この頃、白黒のXXを持っていた!



84年当時のチケット

エフェクターボード内のDOD 250
端の方にイエローボディーの250もチラリと。


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