Ishibashi Mail Magazine

もう一度、この一枚を聞け! バックナンバー

「イシバシ・メールマガジン」初回発行以来、継続している人気コーナー”この1枚を聞け”の全てのバックナンバーを掲載しました。アルバム発売当時の時代背景やエピソードも満載!ややマニアックな一枚をもう一度要チェックです!


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III / カルメン・マキ&OZ


  今回からしばらく、独断と偏見で日本の古いカッコイイロックアルバムを中心に
紹介していきます。
その第1弾は私が最も尊敬する日本の女性ロックシンガー、カルメン・マキの登場です。

 カルマン・マキは1969年、「時には母のない子のように」で歌謡界デビュー!
数曲レコードを発売するが、ジャニス・ジョプリンに出会ったことで完全にロックに目覚め、
70年代初頭よりロックを歌い始める。71年には”クリエイション”の前身である”ブルース・
クリエイション”と活動を共にしアルバムも発売している。しかし、日本語のロックで
歌いたかった事から72年に自らのバンド、”カルメン・マキ&OZ”を結成する。
オリジナルメンバーには現在カシオペアのベーシストでもある、ナルチョこと、
鳴瀬喜博氏も在籍していた。

 75年発売のファーストアルバム「カルマンマキ&OZ」には名曲”私は風”が収録されて
おり、後年SHOW-YAの寺田恵子さんや中森明菜さん等がリメイクして歌っているほどの
名曲である。
 確かにファースト・アルバムは名盤であるが、私はどちらかと言うと76年に発売された
アルバム「閉ざされた街」からマキオズ(みなこう呼ぶ)のファンになった。
なんと言ってもベース音が尋常でないくらいカッコいいのである。このアルバムからの
ベーシスト”川上茂幸”の出すサウンドといえば、この時代に日本には殆ど居なかったと
いうくらいプログレしているサウンドなのだ。そしてこのアルバムに収録されている曲
”崩壊の前日”のイントロは日本のロック史上に残るイントロである。

 そして77年10月に初めて私はマキオズを新宿厚生年金ホールで見ることになる。
しかし、これが最初で最後であった。本当は9月に横浜でやった四人囃子等とのジョイントを
見たかったのであったが、このとき丁度来日してしたイアン・ギラン・バンドのチケットを
買ってしまってお金が無く、仕方なく買った10月のチケットが最後になるなんてこのときは
思っても見なかった。

 このアルバムはその77年の暮れに発売されたマキオズのラストアルバムである。曲構成は
ポップなものから、超プログレ色が濃い曲まで多彩である。その中でも私が最も好きな曲は
”昔”という曲。この曲のベースもとてつもなくカッコイイ。キング・クリムゾンの
”スターレス”を思わせる様な間奏から、直ぐそこでマキが歌っているようなノン・リバーブの
声まで、この時新鮮そのものであった。

 そして、マキオズはアルバムのデザインにも当時非常に凝っていた。”閉ざされた街”は
黄色と赤で統一されたライナーでレコードジャケットの内側の見えないところまでイラスト
されていたし、このアルバムもライナーの歌詞は印刷ではあるがマキの筆跡で書いてあり、
曲にあわせた”昔”の写真も多くちりばめられている。最近は紙ジャケ化されCDでもそれは
見ることが出来るが、是非アナログ盤でそのクオリティーの高さを実感してほしい。

 最近、これぐらいグレードの高い日本のバンドが少なくなってきている。昔の物が全てイイ
とはいわないが、少なくても心に残る演奏や歌詞であったことはこれを聞けばわかるのだ。
とにかくこの1枚を聞け!
                         By JS