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★職人だな〜1(左画像は作業中の又吉氏)
何のアポも取らずに突然の訪問をしたのですが、2代目店主であるご主人の又吉 俊夫氏にお会い出来たのは幸いでした。
先代の父君である真栄氏は、文化功労賞を授与されるほど、三線作りや島唄の普及・保存に貢献された方だそうです。
店を訪れた時は、丁度三線の製作(あるいは修理)中で、その作業をされる姿は、
職人気質であったと言われる父君ゆずりでしょうか、思わず「職人だなー」と感心させられました(画像左)。
氏の周りには三線作りに必要な工具類、パーツ(だと思う)類、作業上の便利グッズなどがビッシリ。
こういうのって、やっている本人以外、何処に何があって、どの作業の時に何を使うのかなど全然分からないんですよね。
職人さんって、必要な工具道具類は、自分で作っちゃうらしいですから...。
下の2枚の画像は皮貼り作業中の又吉氏。
この作業を見られるのは珍しい事だから写真を撮っておきなさいと言われたのですが、
普段は夜の作業で昼間やることはないそうです。
急ぎの注文に応じるためだそうで、そんな作業を突然の訪問時に見ることが出来たなんて本当にラッキーでした。
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★職人だな〜2(右画像は先代の又吉 真栄氏)
店内の壁には、ひたすら音作りに生涯を捧げた先代の真栄氏の写真がかけられていました。
氏の背後には作成中の三線がビッシリです。
自らが作製した三線の音を確認していると思われる氏の顔からは、
納得のいくものしか世に出さないぞと云う職人気質が伝わって来ます。
2代目の俊夫氏も、この父君の仕事ぶりを間近に見て育ったんですね〜。
生前は各方面との親交も厚く、永六輔氏は来沖の度に氏を訪ね、
真栄氏を沖縄の親父さんと呼ぶほどの親交があったと云う。
又吉 真栄:1916(大正5年)〜1985(昭和60年)享年70歳。
1916年読谷喜名で生まれる。13歳の頃に三線を試作。
沖縄の胡弓の奏者としても活躍。そのかたわらコンクールの審査員も努める。
三線「マテーシー千鳥」の製作、四本絃の胡弓の開発、
胡弓の工工四(くんくんしー、譜面)の作成、著書「随想」「ひたすら音づくり」等がある。
自ら作詞・作曲し、歌うことを趣味とし、LP「真栄(まざかい)」の他に数多くのシングル盤を出し、
また新たに三線「マテーシー鶴亀」が誕生した。
1978年に日本政府文化庁より文化功労賞を授与。
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★楽器店の原点を見た!
暫く談笑を続けているところへ、うら若き美女が登場。
(私としたことが名前を聞くのを忘れてました!ゴメンナサイ!このページを見ていたら知らせてね!)
本土でも若者の間で津軽三味線などの和楽器がブームになっており、
沖縄でもそうなのかな?などと思っていたら、彼女は頼んでおいた二胡を取りに来たという。
数ヶ月前には三線を購入したというから本格的!
購入したばかりの二胡を持ったところを写真に撮らせて頂きました(上画像)。
店内では、早速調弦の仕方、譜面の読み方から演奏の仕方まで、
俊夫氏と美人の奥様による懇切丁寧な二胡教室が始まってしまいました(左上画像)。
販売店(しかも製作者自ら)とお客様のこういったコミュニケーションは、
昔の楽器店では何処でも見られた光景ですが、
現在の都心の販売店ではなかなか難しいものがあります。
入社当時は私も販売員として店頭に立っていただけに、
当時(もっと暇だった)のお客様とのやり取りを懐かしく想い出すと共に、
楽器店の原点を思い出させてくれる光景に出会えてとても嬉しくなりました。
左画像は、俊夫氏との記念写真。折角だから三線を持ってという俊夫氏のお言葉に甘えて三線を抱えていますが、
如何にもギター弾き的な左手(まるでFでも押さえてるみたい)には笑っちゃいます!
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